「考える力」を育てる・・・

暑さも和らいだとは言え、まだまだ残暑が厳しいようです。

グランドで…

試合中に、「一球一球」に対して指示を出す光景を見るのですが
どうも違和感を感じます。

これは私の考えであり、人に求めるものではありませんが
ツーアウト・ランナーなし…

この状況でも「サイン」を見る習慣は
何かチームにより、目的や意図があるのでしょうが
本来このケースで出すサインはありません。

もし、「セフティーバントのサイン」や
「普段からサインを見る癖をつける」目的があったとしても
それは、自分で「考えさせる」べき状況です。

打席で「一球一球」指示を出されたら
自分で考える時間を奪われてしまうので
子ども達は、何も考えないで
指示通りに動こうとはするのでしょうが
自分の考えはまとまりません。

ましてや、そこで「怒鳴り」が入ったら
「委縮」から動きを制御されるでしょう!

自分で考えれる状況で育っている子どもは

「なぜ、あそこでこうしたんだ?」

と問えば、根拠を答えてくれますが
指示を聞くことに、神経を費やす子どもの答えは
何も言えないか、言えても「すみません」の
言葉しか出て来ないでしょう。

大人は
「自分で考える」大切さを知っています。

「空気を読め!」
「判断力を磨け!」
「集中しろ!」
「自分のことは自分でやれ!」

そう言いながら、野球が
子ども達から「考える時間」を奪ってはいないでしょうか?

もし私が打席に立っていて、一球一球指示を出されたら

「お願いだから、黙っててくれ」と思います!

子ども達が「考える力」を養えるような言葉を
必要なポイントで、掛けてみてはどうでしょうか?

2 thoughts on “「考える力」を育てる・・・

  1. Nコーチ

    「考える力」 我々指導者は、試合に臨むのにあたり選手たちが如何に相手チームより優位な精神状態に持っていけるかが仕事だと思ってます。
    その上がったテンションを維持するのにベンチとキャッチボールするために「サイン」が存在すると思ってます。
    こうまで書くと、佐藤さんの意見に反対なのかと思われるでしょうが、私達のチームの子供は、体格、スキルは非常に良いのですが、精神的に弱いいわゆる「チキン」なのです。
    打席で何をするか予測をして向かわない、「準備」が出来ないのです。
    NEXTサークルに名前を呼ばれなきゃ行かないとか、考えて準備をして監督とチームメイトと意思を確かめ合う、思い出してほしいです。

    なぜなら、監督がお休みの時私が采配を執ったことがあり、地域でも強いと言われるチームと対戦しました。
    サインは、相手チームにも今だしてるよって分かるくらいに大胆に出しました。出す回数は少なかったですが 中盤にノーアウト2塁3塁のチャンスが来ました。打席に立っているバッターはアウトになったのですが、次のバッターはバントが非常に得意な子でした、その時バッターと同時に2塁3塁のランナーから「スクイズしよう」ってサインが来ました。この意思疎通の出来た時は鳥肌が立ちました。結果も成功しゲームをものにできました。
    要は、サインって出し手にも責任があると思います。相手に悟られないようになんて中学や高校ですればいいもので、小学校の内はあからさまでいいじゃないんでしょうか?変な書き方をすれば、大人が相手チームに欠ける唯一のプレッシャーですよね?これは、許されているものですから有意義に利用して自分の指導している子の精神状態を保ってあげたいと思ってます。
    なんか滅裂な文と偏屈な考えですが、今の僕のチームもそうですが、佐藤さんのご指摘のようなチームは、大人も子供も双方の信頼関係がないのでしょうね。チームワークの無いチームに「和」は見えないと思います。

  2. 佐藤洋 投稿作成者

    ◆Nコーチさん◆
    コメントありがとうございます。
    各チーム・指導者により方法論はたくさんあるので
    目的や趣旨が明確であれば、特に問題はないと思います。
    指導者一丸となり、皆さんの「野球」を
    これからも伝えてあげてください。

    ◆みなさんへ◆

    私はチームを持っているわけではないので
    あくまで小学生限定の「絵に描いたぼた餅」ですが・・・

    サインは、「ルール」や「マナー」を守るためのものであり
    学校や社会でもチームと同じように「約束事」を
    皆で共有し、考えや行動を共にする位置付けです。

    練習では、中学や各自の先を見据えて
    サインを出して、見るタイミング、
    アンサーの必要性や、最小限の失敗で防げるような方法を
    伝えると思いますが、試合では、サインは出しません。

    私は「邪道」です。しかし、この邪道で
    子ども達に「考える」ことの大切さや
    野球の「楽しさ」を伝えたいと思っている変人です。

    理想論と叱責されますが、理想論を追いかけるのが
    子ども達と向き合う、私の少年野球です。

    少年野球では「試合に勝つためのサイン」という
    認識は、あまり持ち合わせていません。

    当然、中学・高校・大学・社会人・プロには
    段階段階で、求める「サイン」は変わってきます。

    「プロ野球」では、信頼される選手は
    自分のタイミングで盗塁をしたり
    自分の判断で「打て」のサインでも
    セフティーバントしたり、右打ちしたり
    打者とランナーでヒットエンドランを掛けたり
    状況判断が必要となります。

    ならば・・・

    小学生だって、自分達で考えて判断したり
    「行動を起こす力」は、何かを生むと思います。
    失敗しても、自分で考えた結果には怒りません。

    どうしたら良いか悩んでいる子どもには
    「ここはワイルドに打って行こうぜ~」
    と、すぎちゃん風に声をかけます…(^^;)

    まだ答えは見つかっていませんが
    大切にして欲しいことは、戦術や方法論ではなく
    教育論なのかもしれません。

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