原点を探しに・・・

久しぶりに宮城に戻り、お世話になっている南三陸町
追悼式に参列させていただきました。

キャンプでお世話になってる、芳賀さん・佐藤さん
星さんのご家族が、わざわざ会いに来てくれました。

リョウ・タク・レオ・ヨシキ・トモキ・カズヤス・・・
スクールに参加してくれていた子ども達との再会。
タカアキは、病院抜け出し計画が
失敗したそうです(笑)

みんなの逞しく成長している姿を見れて
本当に嬉しくてたまりませんでした。

会えなかった子ども達は、元気にしてるかな?
連絡出来ずにすみませんでした。
いつか近い将来、再会を楽しみにしています。

追悼式終了後に、お世話になっている町長と
親戚とも会うことが出来ました。

私が生まれて、3才まで過ごした
石巻市雄勝町名振(おがつちょうなぶり)に行ってきました。

私が生まれた自宅周辺も被害は甚大です。
地元の方々には、不謹慎で申し訳ありませんが
一日も早い復興を願い、写真を掲載させていただきました。

この坂の上で、オヤジの帰りを兄と待っていました。
当時は、長い長い坂と記憶していたのですが・・・

4 thoughts on “原点を探しに・・・

  1. 岩手菅原

    皆さん、この出来事はそれぞれの環境下で
    様々な感じ方や捉え方をしていると思います。

    皆様が何か一つでもこの被災地の皆様の役に立つ事が
    今後も継続して出来るのなら凄い大きなパワーになると、思います。

    特別な事ではなくて、自分が出来る範囲で一つでも役に立つ!

    私の故郷も復興には10年以上かかると地元の方が、
    遠くを見ながら話をしてくれました。

    私も、被災地を離れて、内陸で頑張っていますが、
    被災地へ経済活動をもって行きたいと、行動しています。

    一年を過ぎた今日からが大事な日々になると思いました。

  2. 佐藤洋 投稿作成者

    あれから一年・・・
    長いような短いような、不思議な感覚です。
    一年たった今、石巻・南三陸にて3月11日を迎えましたが
    私自身も答えが見つかっていません。
    南三陸町の防災庁舎に観光バスが止まっています。
    地元の方々は複雑な心境だそうです。
    観光バスでその場を訪れた方々は、
    復興支援のお手伝いとして手を合わせるのでしょうが
    この件をひとつ考えても、立場によって考えが違ってきます。
    間違っても防災庁舎をバックに、写真撮影は不謹慎だと思います。

    今、「経済支援」を一番に掲げるべきなのでしょうが
    私が出来ることは「手を合わせること」
    一年たって見つかった答えは、これだけしかありません。

    皆さんが、それぞれの立場で出来ることを
    継続して欲しいと思います。

  3. 埼玉 小松

    被災していない人には被災した人の心の傷は共有できないし、
    ましてや全てを理解することなどできるわけがないと思います。

    私は3/11のそのとき都内の百貨店4階にいて私なりの恐怖を感じましたが、
    被災者ではありません。

    これは私見ですが、大切なのは共有できない、
    理解できないということを認識することだと思っています。

    その上で相手の立場に立った考え方や思いをどれだけ持てるか、が大切だと・・・

    偉そうに文字を並べましたがとてもとても難しく、
    自分の考えや思いを「ただの自己満足にならない行動」に移すことができずにいるのも又事実です。

    唯一、昨年のサマーキャンプをご一緒させて頂いたことが小さな足跡になったのかな、と。

    菅原さんと佐藤さんのコメントに、自分がこれまでもやもや思ってきたことが重なり、
    でも考え続けることはやめずにいよう、できればもう1歩踏み出したい、と思いました。

  4. 佐藤洋 投稿作成者

    埼玉小松さん

    コメントありがとうございます。
    震災5ヶ月後に開催したサマーキャンプに来てくれた
    南三陸町の方々が
    「あのキャンプに参加したことで救われました。
    初めて地元を離れ、みんなに会えて、野球が出来て・・
    あれは大きかった」
    そう話してくれました。

    小松さんのおかげで、埼玉でのキャンプが実現しました。
    小さな足跡の積み重ねが、大きな足跡になりました。

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