月別アーカイブ: 2011年10月

私が応援するチーム・・・♪

土曜日、少年野球を観戦しました。

実は・・・

少年野球を試合開始から、終了まで観たのは初めてです・・・(^^;)
いつもはグランドに響き渡る罵声で、具合が悪くなってしまい
子どもの動きを確認するだけで、グランドを後にします。

この日は、本当に楽しかった~♪

試合の内容だけをみれば、まだまだキャッチボールも未熟で
ミスもたくさん出るのですが、子どもたちが生き生きしています。

チームの方針は、「野球を楽しむこと」

そこには、指導者の怒鳴り声はありません。
保護者のイライラもありません。

私は、埼玉県熊谷市で活動している
「熊谷ドリームス」を心から応援します!

また練習にお邪魔しま~す!

無関心・・・(^^;)

大人でも子供でも当てはまる話だが・・・

一人の人が個人的に注意を受ける。

すると、
「あいつが怒られているんだから、俺には関係ない!」

そんな思考の人がいる。
これは弱い組織であり、弱いチームの典型の思考。

「自分に置き換えて」

そんな発想には至らないので
また同じ失敗が起こる確率は高くなる。
そして、上からの支持が、チーム全体に行き渡らない。
徹底できるはずもない。

一人の子どもに指導する・・・

その近くにいる子どもが
「何を教えているんだろう?」
そこに興味が持てる子どもは、野球が大好きである。

野球教室でよく見る光景で、いまさら驚くことはないが
指導している子どものチームの指導者が
目も向けず、耳も貸さず、その場から離れてしまう。

この「無関心」ほど、怖いものはない!

先日、中国で、子どもが交通事故にあって倒れているのに
何人もの大人が、気が付いているのに
無視して素通りして行く映像が流れた。

さすがに日本では・・・
そう思っているものの、このまま文明の利器が発達すれば発達するほど
個人の空間だけが広がり、周りが見えなくなって行くような怖さを感じる。
この予想が外れてくれれば、それに越したことはないのだが・・・(^^;)

困った人がいるのに無視。
いじめられている子どもがいるのに、教師が無視。
そんな事はあってはならない。

だからこそスポーツの位置づけは高い。

勝つことがすべてではなく、チームワークの大切さを
大人は子どもに教え続ける必要性を感じる今日この頃。

「試合に勝たないと意味がない」とか
「レギュラーじゃないと意味がない」とか
そんな声を聞くたびに、力が抜けてしまう。

大人のボールの追い方が、
打った打たないとか、捕った捕らないとか
その結果しか見ないので、
その前後にこそ重要なポイントが隠れているのに
その部分にも無関心すぎる。

自分の子どもが試合中ベンチに下がると
家に帰る人がいるとかいないとか・・・(^^;)

他人の子どもに無関心も罪が重い。

それもオカシイ話では?

「お前のせいで今日は負けたんだ!」
「お前の責任だ!」

そう言われて、罰則としてランニングをさせられるそうです。

そもそも勝敗の「責任」とは・・・

監督に全責任があるはずです。

選手は勝ち負けの意識が強くなれば、大一番になればなるほど
力を発揮できなくなるのが普通です。
大一番を楽しめるような子どもであれば頼もしいのですが
そんな子どもは多くはいないでしょう。

プロ野球から少年野球まで、私は同じだと考えています。
また、そう言われ続けてきました。

「選手は勝ち負けを気にしないで、全力でプレーしよう!
もしお前たちが仮にミスを犯したとしても
それは起用した監督の責任だ!
だから選手は余計なことは考えないで、思いっきり野球を楽しもう!
全責任は私にある!」

子どもを守るべき大人が、子どもに責任を押し付けるのは
あってはいけない話だと思います。

もう一度言わせていただきたい!
勝敗の全責任は監督にあり・・・

最低限の環境は作るべき・・・

指導者の一言で
良くも悪くも、子どもたちは大きく変わってしまいます。

何気なく言った言葉が、子どもによっては
まったく伝えたいことと、正反対に受け取ってしまうこともあります。

ある小学生の話・・・

「監督、コーチの言うことが皆違っていて
監督のいうことを聞いてバッテイングをしたら
コーチに怒られた。どうしたら良いですか?」

良く聞く言葉ですが
最低限・・・
「この選手は、今ここを取り組んでいます」
「じゃぁ、こうしようあ~しよう」

そんな話し合いで、方向性を出すのは当たり前のことと思うのですが
それすら出来ずに、指導者のアドバイスがバラバラで
良かれと思って言った言葉が、子ども達にしてみれば

「言っている言葉がバラバラ」で
悩んでしまうことになります。

チームで今一度
方向性を話し合うべきではないでしょうか?

今も昔も・・・(^^;)

プロ野球の指導者でさえ、10人のコーチがいれば
10通りの理論が存在する。

ビックリするかもしれないが、私が現役時代にあるコーチから
「俺の言うことを聞かないと、試合には使わない」
と言われた経験があり、かなり激怒したことがあった。

それが、何十年も経った現在でもあるそうで
とても憂鬱な気分になってしまう。

監督はそんなに偉いのでしょうか?
コーチはそんなに偉いのでしょうか?

プロ野球であれば、「いかに優勝するか」を目指し
そのために指導者が能力を発揮しなければならない。

言うことを聞くとか聞かないとか、そんな低レベルのことで
職権を濫用してはならないはずだ!

プロの指導者が選手と仲良く友達のような付き合いをしたり
上層部にゴマをすったり・・・

今も昔も変わらない。

選手を酷使して、使えるだけ使って
故障したら「いらない」と捨ててしまう人もいる。

あるプロ野球OBの投手がこう言った。

「本当は肘が痛くて、投げれる状態ではなかったが
監督から投げろと言われ、痛いと言えなかった」

本来、主役である選手。
そんなことはあってはならないと思う。

日本の野球界を見ると
将来期待されるプレーヤーが、連投を求められる。
大学野球では、3連投させるチームさえある。

指導者の名誉か何かわからないが
もっと主役の選手たちを守る手はないものか・・・!

その考えを、子供たちの世界にあてはめてはいけないと思う。
美学で終わってはいけない。